ストーリー

25話

崩れる土台

 夜。周囲は暗く、街には点々と光が灯っている。児童はみんな寝てしまった。なかなか寝ようとしなかったが。
 目の前にはルルの家で組み立てられることなく箱の中にしまわれていた机がある。以前の机とは高さが違うようで、元々使っていた椅子を並べると高さが合わなくなっている。それでも児童は新しい机にはしゃぎ、嬉しそうにベタベタ触っていた。
俺は児童との遊びについていけず、共に戦力外だったストックとくだらない会話を続けていた。彼らが眠りについた後も。
隣のストックが黙り込んでしまったため、室内を見渡す。
 ルルは俺が壊した机の破片を持ってきたらしく、手のひらの上に置いてジロジロ眺めている。ラズラは彼に言葉を投げた後、ジャスミンと茶をすすりながら児童との遊びについて共有しあっていた。レトは静かに目を閉じて床に座っている。何もしていないように見えるが、何かしているのだろう。親父が似たようなことをしていた。
「話を戻していいですか」
 ストックがわざとらしく声量をあげた。俺が机を壊す前の話の続きをするようだ。ジャスミンとラズラが茶をすすりながらの談笑を止め、ルルが顔をあげ、レトは真っ直ぐに彼女を見た。
「ルルくん、あなたもしかして、超人とそうじゃない人の見分けがついてるんですか」
「ついていない。けど、もしかしたらついているのかもしれない」
「意味がわからないが」
 ルルは右手の木片を机の上に置き、左の人差し指を立てた。
「ストック、きみは、おれが超人にだけ『会ったことがあるか』ってきいているといいたいんだろ。でも本当に、見覚えがあるから声をかけているだけなんだ。超人だと思って声をかけているわけじゃない」
 自信満々にいっているが、つまり偶然だといいたいのだろう。
「ただ、おれが見覚えがあると思って声をかけている人は皆超人なのなら、おれたちはどこかで会ったことがあるのかも。と、思っているんだけど」
 ルルは立ち上がってジャスミンの隣に立った。彼女と目線が合うように腰を低くして、木片をジロジロ見ていたように彼女を至近距離で見つめた。
「どこかで会ったのか、なにかできみを見ただけなのかは思い出せない。ストックもね」
「人をジロジロ見るな」
 レトに怒られて、彼は元の席に戻る。
「でも、ライのことは思い出したよ。彼は」
 ルルが喋ろうとするのを、レトが手で制した。なぜといいたげにきょとんとした彼を尻目に、まっすぐ玄関に歩いていって、ドアノブをひねる。
「盗み聞きが好きなのか」
「失礼。大事なお話の途中かなと思いまして」
 レトが再び玄関をくぐると、続いて申し訳なさそう眉をハの字にしたライが入ってきた。
 今は、人が出歩くような時間じゃない。なかなか寝ようとしない児童がしぶしぶ床につくような時間なのだ。そんな時間に出歩くライは、迷子でもなっていたのか。
 何かの袋を手に持った彼は俺たちを見渡すと、ルルに紙袋を突き出した。それなりの重さがあるであろう紙袋が、ゆっくり揺れる。
「昼間はとんだ勘違いをして、あなたを困らせてしまいました。申し訳ないです」
 ああ、謝罪か。
「それは受け取れない。虚言癖を改心させる為に嘘をついたなんて、そんなんじゃないだろ」
 ルルはためらいなくそれを受け取り、なんならこの場で開封までするだろうと思っていたが、違った。彼は両手で紙袋を拒否する。
「もっとうまい嘘をついてよ。おれよりもふさわしいんだろ。ライラック」
 ルルの挑発を受けて、ライの笑顔にひびが入った気がした。一瞬表情が硬くなったように見えたが、すぐに元の表情に戻る。
「おれの名前はライですよ。名前を間違えられるのは、気持ちのいいものではありません」
「いや、きみはライラックだよ。似た名前を名乗っているなら覚えてるんだろ。きみはずっと父さんの倉庫で」
 ルルの声をかき消すように、突然、床が悲鳴をあげた。大きな音に肩が跳ね上がる。
 続く言葉を遮るように、ライが地面を蹴り上げていた。
 蹴り上げた衝撃で、彼が踏みつけた床が崩れる。穴が空いていた。面食らったルルは、言葉にならない声を漏らして彼の足元を呆然と見つめている。
 人の言葉を遮る荒っぽい態度に、俺が数日かけて築き上げてきたライのイメージが崩れ落ちていく。
「…父さんじゃないだろ!お前は失敗作なんだから、お前の父さんじゃない!」
 荒くなった呼吸を隠そうとせず、獣のように鋭い表情でルルを睨む。
 声が、表情が、紳士的な態度が、いつもとまるで違っていた。
「ここはおれの家じゃないんだ。頼むから、壊さないで」
 ルルは怒りを向けられたことよりこの建物の無事が気になるようで、彼の発言自体にはいい返さずに請うている。
 ライの足元の穴をみて、レトの目つきが鋭くなっていく。
 こいつは短気だ。暴力を諌める名目で暴れ回るのかと思ったが、レトはライの肩に静かに手を置いた。
「ライ、お前とあいつの話はよくわからんが、ここはラズラの家だ。上には子どもがいて、今は寝ている。暴れられると困るんだが」
 とても冷静だった。
「暴れる?」
 ライがレトに怪訝そうな目を向ける。何をいわれたのかわからなかったらしい。
「まずは落ち着け」
 レトの言葉を受けて心臓に手をあて、目を閉じた。何度か深呼吸をして再度目を開けた時には、さっきまでの攻撃的な顔つきではなくなっていた。
 落ち着いてから足元を見たライは、自分が何をしたのか理解したらしい。気恥ずかしそうに笑うその顔には、いつもの物腰の柔らかさを感じられた。
「これは、確かに」
 周囲を見回して、小さく挙手をする。
「すみません。ラズラさんとはどなたですか?」
「あ、あたしよ」
 ラズラが手をあげる。あなたでしたか、と頷いたライは静かに彼女に近づいていく。ルルが止めようとしたが、ライの方が早かった。
「怖がらないで」
 ライはラズラの手をとって、両手で軽く包み込んだ。
「申し訳ありません。すぐに直します。それから、彼はこれを受け取ってくれないようなので、非礼のお詫びにどうぞ」
「あ、ありがと」
 ルルに渡そうとしていた紙袋をラズラに握らせて、さっきまで立っていた穴の前にかがんだ。
 白衣の内側に手を入れ、何かを取り出す。
 小さな機械だった。
 目のような黒い帯がついている面とは反対側、人間でいう背中についているスイッチを押して床に置くと、小さな機械は胴体から伸びたアームを大きく上げた。
「コンバンハ」
 挨拶なんぞをしてくる。レトが表情を引きつらせ、ジャスミンとルルが感嘆の声をあげた。
「この穴を埋めてくれますね」
「モチロンダヨ」
 ライが話しかけると、小さな機械は、どこからか運んできた薄めの材木を穴の隣に重ねた。片面に何かを塗りたくると、それを穴にあてる。穴を埋めるほどの材木を横に並べると、アームの形を変えてやすり始めた。
 機械的な音と粉塵を撒き散らしながら床をやするロボットを眺めていると、別の素材をあてていたとは思えないほど継ぎ目なく、床の穴は消えていた。飛び散った粉塵を吸い込み終えたロボットを、ライが手招く。
「さすが、よくできました。助かりましたよ。偉いですね」
「アリガトウ、アリガトウ」
 ライはなぜかお礼を述べているロボットの頭を撫でてから、そいつを抱えた。ラズラに向き直り、頭を下げる。
「改めて、申し訳ないことをしました。これで許してくれなんておこがましいことをいえる立場ではないのですが、どうか」
「ドウカ」
「大丈夫よ。元どおりなんだから、頭を上げて」
 ライが顔を上げる。ありがとうございます、と微笑んで、レトにも頭を下げた。
「レトも、ありがとうございます。少々気が立ってしまって、お恥ずかしい限りです。出直してきます」
「ああ」
 ロボットから視線をそらすレトにもう一度頭を下げて、さっさと玄関のドアノブを回した。
「待ってください」
 ジャスミンの言葉に振り返る。
「ライさんは、私に見覚えがありますか」
 ライは、まっすぐに彼女を見た。しかし首を振る。
「いいえ。あなたとは、病院で初めてお会いしました」
「そうですか。呼び止めてごめんなさい。お気をつけて」
 ライはジャスミンに笑顔を向けてから、再び頭を下げて、手を振った。
「騒がしくしてしまって申し訳ありません。みなさん、またお会いしましょう」
 扉が閉まって、ライが現れてからずっと黙っていたストックが、ルルを睨む。
「ルルくん、それで」
「大丈夫だよ、ごまかさないからさ」
 ストックの苛立ちをしずめるためか、彼女に目線を合わせてまっすぐに向き合う。
「彼を見たのは、スターリム博士の研究所だ」


 木の外にあった、スターリム博士の研究所。
 無機質な廊下の先に、小さな扉があった。
 扉を開けると、使わなくなった機材や、用意するだけして使いすらしなかった物、壊れたパーツが乱雑に置かれている。
 初めて入ったその部屋の、ある一点に視線が吸い寄せられる。目が離せなかった。
 人間だった。
 人間が、うつむいて座っている。眠っているのかもしれない。四肢を投げ出した状態で、ただそこにいた。
 顔はよく見ない。髪で隠れていて表情も読みとれない。背が高いように見える、座っているから正確にはわからないけど。
 倉庫に、物のように座っている様子がとても不釣り合いだった。彼はどう見ても人間だ。
「はじめまして」
 返事はない。近づこうとして、後ろからする足音に気がついた。
 二つ、案がある。一つ目は、このままこの部屋の扉をしめて隠れること。二つ目は、足音の方に向かっていって、部屋に戻る前に、ここにいる人間について教えてほしい、と請うこと。
 少し考えて、結局どちらもしなかった。この人についての見当がついたからだ。
 前に父さんにきいたことがある。
 英雄にふさわしい人間は何人かいた。ただ、様々な障害があって、誰一人英雄にはなれなかった、と。
 目の前にいるこの人は、おそらくそういう人なのだ。英雄が春を呼ぶ日を待って、ここで命がかえってくるのを待っているんだ。
 おれ以外の英雄候補に名前はないと父さんはいっていた。だから、
「ライラック、きみの名前。どう?」
 返事はなかった。

「と、いうわけで、彼はおれより先に作られた。間違いないよ」
「素直でよろしい」
 ストックが上から目線でルルを褒める。しかし、俺にいわせてみれば、超人がどんな順番で作られたかはどうでもいい。
 肝心なのは、誰が超人で、そいつがジャスミンに協力するか否か、だ。
「俺たちばかり問いただすが、お前の方の成果はどうなんだ」
 ストックに文句をいうと、彼女は素直に頷いた。
「それは、もっともですね。サリネは会えましたよ。セルにもきちんと謝りたいそうです」
 俺に?
 サリネの挙動は確かに怪しかったが、疑わしいと思いはすれど、謝罪されるようなことは何もされていない。
「アースというサリネの友達が、あるものに夢中らしいです。それが気に入らないので、セルとジャスミンをあくのの活動のライバルに仕立てあげて、今夢中になっているものへの関心を削ぎたかったみたいですね」
「なるほどな」
 適当に相槌をうつ。
 だから、俺たちに向かって手招きをしたのか。ライは彼女の意図に気づいたから、そういうことかと呟いたのだろう。そして、サリネの意図を察していたからこそ、俺たちがアースとライバルごっこをすることに好意的だったのだ。
「その、アースが夢中になってるものってなんなんだ」
 ストックの顔から表情が消えた。恐ろしいことを口走るのかと思った。
「リア。病院にいる、ルルくんのおねえちゃんです」
 ルルとラズラが気の抜けた声をあげるのをききながら、病院でアースを見つけた時のことを思い出す。

『きいてよサリネ。さっきまで女の子と会ってたんだ。今度は友達もつれてきてくれたら嬉しい、ってさ。サリネも一緒にいくだろ』

 サリネの心配をよそに、やけに嬉しそうだった。そのあと彼女はあいつを叩いたのだ。確かに、気に入らんだろう。
 なるほどなあ。


 あくののアジトは、街外れの広場にある。
 深い理由はない。ここが、わたしたちの始まりだったから。
 それを知るのは世界で三人だけ。
 なのに、
「今日もまた、あの地に赴いてしまった…。面会時間外だって追い返されたけど」
 やたら上機嫌なアース。むつかしい言葉を使ってみるアース。夜に病院に行って追い返されてしまったかわいそうなアース。でも、同情はできない。
 黙っていたら、入口の垂れ幕が上がった。
 ライだ。昼間でかけたきり帰ってこなかったから、また女の子に捕まっちゃったんだろうな。
「おかえりなさい、ライ」
「ああ、ただいま」
 いい加減な返事。ライは、他の人の前だとこんな態度はしない。わたしたちしかいない時にだけ、彼は丁寧な態度を捨てる。それが好き。
「ライ、アースったら女の子の話ばっかりですわ。あくのの活動より、その子が大事なのでしょうか」
 ライは愚痴をきいてくれる。ほっといたらそのうち飽きると彼はいうけど、そんな能天気なことはいっていられない。
「まあ、少なくとも今はその子におねつって感じだけど。ライバルくんがおれたちのことを調べてるようだから、そのうち飽きるって」
 ライバルくん。ジャスミンさんはアースの永遠のライバルではないから、昨日会ったっていわなくてもいいよね。
「時にライ。相談があるんだけど」
 わたし達の話をきいていなかったらしいアースが、いつものようにライに真剣な顔をする。
「いつもの話だろ。『一緒に、病院に行こう!』…病院ってそういう場所じゃねえから」
「行くことが目的じゃない、病院にいる女の子に会うことが目的なの!」
 腕を振り上げてアースの真似をした後に肩をすくめるライ。まるで相手にしていない態度に気づいているのかいないのか、全力で力説するアースは、何かに取り憑かれたみたいに病院の女の子に夢中だ。
 アースの最近の言い分は、こう。
 病院に女の子がいる。その子はずっと昔から病院にいて、あの白い建物から外に出たことがないらしい。その子に外のことを話すと目を輝かしてきいてくれる。もっと色々教えてあげたい、願いを叶えてあげたいと思う。
 そんな子が、決まっていう言葉がある。
『もしよかったら、今度はお友達も一緒にどうぞ』
 アースはその子の願いを叶えるべく、やたらとわたしとライにその子のことを話して、興味を持ってもらおうとする。
 そうしたら、みんな喜ぶ、と。
 アースは多分、その女の子に感情移入しちゃってるんだ。
 オレンジとして生まれただけで、いろんな人に冷たい目で見られる自分と、病気を持って生まれたから、外に出られない女の子。
 わたしだって、木の外にはいったことないのに。
 アースには早く別の夢中になるものがあることに気づいて欲しい。せっかくジャスミンさんとセルを巻き込んで永遠のライバルを登場させたのに。
 ライバルとの駆け引き、やりとり。アースが好きそうな青春の一ページ。
 ライがわたしの味方をしてくれることが救いだ。彼は女の子に好かれることに慣れているから、そうそう興味も湧かないだろうし。
「リアちゃんの願いを叶えるのだって、あくのの活動内容だろ!」
 アースがわめく。それはそうかもしれないけど、純粋な活動内容として考えたら、やっぱり執着しすぎ。
「…リア?」
 ライの声色が変わった。
 嫌な流れになってしまった、気がする。
「ライ、リアちゃんと知り合いなの?」
 アースが質問で返す。ライは考え込むように軽く俯いて、いやと首を振る。
「まあ、いいでしょう。明日、付き合ってあげますよ」
 否定こそしたものの、返答自体はアースが望んだもので、わたしは望まないものだった。


 ああ、どうしよう。
 ずっと三人だけの世界で、他の誰も入ってこれないと思ってたのに。
 よりによってアースがこんなにも誰かを気に入って、ライが興味を持ち始めてる。
 その子があくのの3人目になって、わたしはいらないって言われたらどうしよう。
 ドキドキしながら、病院の廊下をアースとライについて歩く。
 アースが一つの部屋の前で立ち止まって、扉をノックした。
 アースがノックをするなんて。扉が煩わしいからっていったから、アジトの入り口は垂れ幕なのに!
「どうぞ」
 女の子の声がする。
 アースが扉を開けると、青空の広がる窓を背に、女の子がベッドに座っていた。目が、後ろの空をすかしたみたいに青い。空の色だ。
 女の子が声を上げる。
「アースくん。来てくれたんだね、ありがとう。それから」
 興奮気味にアースにお礼をいってから、そわそわした様子でわたしとライを見る。続く言葉を待とう、と思った時、横にいたライが彼女に手が触れる距離まで歩いていって、両手を広げた。
「リア…会いたかった!」
 女の子が目をパチクリさせる。多分わたしも、同じような顔をしている。アースがならさっさとくればよかったのに、と笑ったけど、そんなのじゃない。
 そんな空気じゃない。
「えっと、アースくんからわたしのこときいてくれてた…のかな」
 必死に見当をつけようとするリアに、静かに首を振る。
「おれがわかりませんか…。いえ、無理もありません。おれも名前をきくまでは、見当もつきませんでしたから」
 心臓がドクドク音をたてる。今すぐここから逃げ出したいけど、足は床に根を張ったみたいに動かなかった。
 女の子、リアが首をかしげる。
「おれには父がいます。父と共有した時間はわずかなものですが、それでも、彼はおれの父親だ。そして、彼には大事な愛娘がいたときいています。その子は生まれつき体が弱く、外に出ることも、兄弟に会うこともままならなかったという。その娘を父はこう呼んでいました」
 ライが、リアにとびきりの笑顔をみせる。
「リア。そして、父の名はスターリム」
 リアが、アースが、わたしが、ライ以外の誰もがぽかんと口をあける中、彼は高らかに宣言した。
「おれはあなたの、お兄ちゃんです」
 たった一言。
 それだけなのに、ずっと変わらないと思っていた大切なものが、足元から崩れる音がした。

すすむ

2012.08.15-2018 Meijitsu Minori.